fukuhomuアカデミア美術館へ
予約必至の大人気美術館
ビステッカ(フィレンツェ名物のTボーンステーキ)で満腹になったあと、向かったのは「アカデミア美術館(Galleria dell’Accademia di Firenze)」です。


こちらの美術館は予約必至の大人気スポットで、到着すると入場待ちの人たちによる長蛇の列ができていました。
「アカデミア」とは学術界を表す言葉ですが、その名前は、この場所がかつて「フィレンツェ美術学院(Accademia di Belle Arti di Firenze)」という学校だったことに由来します。1817年に学校から美術館として独立し、現在へと続いています。なお、フィレンツェ美術学院自体も、今なお現存しています。
そのお目当ては…世界一有名な全裸
どうしてこの美術館がそこまで人気なのか。それは、もうこの作品一つで説明できると言っても過言ではないでしょう。世界一有名な全裸像、そう、ミケランジェロによる「ダビデ」です。


「ダビデ」は元々、ヴェッキオ宮殿の前にあるシニョーリア広場に設置されていました。しかし、破損や劣化を避けるため、現在シニョーリア広場に置かれているのは精巧なレプリカで、本物はアカデミア美術館へと移設されています。


ダビデは旧約聖書において、巨人ゴリアテを投石だけで倒す英雄です。この彫刻は、その物語の中で、ゴリアテと対峙する直前の姿を表していると言われています。精悍な顔立ちに、若々しく美しい肉体。まさに、世界一有名な全裸にふさわしい立ち姿です。


ミケランジェロ・ブオナローティ 1501–1504年
下から見上げると一番美しく見えるよう、顔がやや大きめに作られているようなのですが、正直なところ、私は全然分かりませんでした。前からは多くの人がよく見ると思うので、横から、そして後ろからとじっくり鑑賞します。


後ろに回ると、右手にゴリアテを倒すための石、左手にその石を投げる投石器を持っているのが分かります。投石器は、紐をグルングルン回して石を投げる、あの道具です。


さらに、右の膝から下には木のようなものがあります。これは、足から頭まで高さ4.34メートルもある巨大なダビデ像を支えるためのもので、像全体の強度を補強する重要な部分です。
ダビデ像以外に目に留まったもの
彫刻がとにかくたくさん!
アカデミア美術館といえばダビデが圧倒的な人気を誇りますが、広い館内にはもちろん他にも数多くの作品があります。ダビデ像の近くに展示されているこちらの彫刻も、ミケランジェロによる作品です。


ミケランジェロ・ブオナローティ 1525–1530年頃
この彫刻は、もともとピッティ宮殿の「ブォンタレンティ洞窟」に置かれていたものです。元の設置場所が人工の洞窟だったため、背景もゴツゴツとした岩に囲まれ、そこから飛び出してくるような、不気味さすら感じる作品でした。


しかし、その空間から切り離された状態で見ると、正直なところ「何だこれは?」という気がしないでもありません。
こちらの部屋に並んでいるのは、大量の石膏です。写真中央に見えるのは、「レオン・バッティスタ・アルベルティ記念碑」の石膏モデルになります。


石膏モデルとは、大理石の彫刻を制作する前に作られる原寸大の模型のことです。完成した記念碑は、サンタ・クローチェ聖堂に設置されています。サンタ・クローチェ聖堂は、ミケランジェロが埋葬されている教会としても有名です。
絵画が展示されている部屋にも、石膏モデルがありました。こちらの、三人の人物が複雑に絡み合った迫力ある作品は、「サビニの女たちの略奪」の石膏モデルです。


サビニとは、ローマの北東に住んでいた部族のことで、この作品は、ローマ人によって女性たちが大量に略奪された出来事を題材にしています。
とはいえ、女性を抱え上げている中央のローマ人、さすがにちょっとデカ過ぎじゃないですか。股の下に、ガタイの良い男性がすっぽり収まっていますw
こちらも石膏モデルのため、完成作品は別の場所にあります。ヴェッキオ宮殿の前にある、彫刻が並ぶ広場の建物「ロッジア・ディ・ランツィ」です。


楽器の博物館もある
アカデミア美術館には楽器の博物館も併設されており、メディチ家の時代に使われていた、さまざまな楽器を見ることができます。こちらは「フォルテピアノ」と呼ばれる楽器で、現代のピアノの祖先にあたります。


この前の時代に使われていたチェンバロでは、音の強弱を表現することができませんでしたが、フォルテピアノではそれが可能になりました。
2階はビザンチンなど、歴史を遡る
アカデミア美術館の2階にも展示は続きます。1階に比べると、人は少なめな印象です。2階には、ビザンチン美術の作品が多く展示されていました。
その中の一つが、こちらの「受胎告知と諸聖人のポリプティク」です。


ジョヴァンニ・デル・ビオンド 1380–1385年頃
非常に煌びやかな、いかにもビザンチンらしい作品ですが、注目したいのは、数多くの場面が組み合わされて構成されている点です。
中央のパネルに描かれているのは、作品タイトルにもなっている受胎告知の場面です。その左側には、キリストの誕生を預言した預言者と義人(義人とは、神の掟を守り、正しく生きた模範的人物)たちが描かれています。預言者の目印は、書物を手にしていることです。
反対の右側には、使徒と聖人たちが描かれており、こちらは書物ではなく別の道具を持っていることが分かりますね。
しかし、これだけでは終わりません。上段中央に描かれているのは、キリストの磔刑(たっけい)です。その左には三人のマリアが描かれており、キリストの受難から復活を見届けた証人とされています。反対の右側の場面は、復活後の姿である「勝利したキリスト」です。


そして最後に、下段中央には、棺から復活するキリストの姿が描かれています。


このように、複数の場面がそれぞれ独立した絵として組み合わされた作品で、もともとは教会の主祭壇に置かれていました。



つづく…

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